珍しくライルさん視点。ライルさんも相当歪んでる。
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この頃片割れが帰ってくると、煙草の匂いがする。
鼻を掠める、とかそういうレベルじゃない。今では珍しいカフェの喫煙席に居座った後のような強い匂いだ。
自分も片割れにうやむやにしながら酒場で働いてはいるが、ここまでにはならない。
「上着かして。消臭するから。」
躊躇いがちに黒のパーカーを手渡される。苦い匂いのすっかり染み着いたそれは左手で持って、右手で同じ造形の左手を掴んで引き寄せた。同じ高さの襟足の肩口から鼻先を埋めると、やはりここも苦い匂い。
頭を預けても、いつも安心する片割れの匂いはしない。それに無性に腹が立って、つ、と首筋を舐めてやった。衝動に名前を付けるとしたら、嫉妬だろうか。
「…っ、ライ、ル?」
大丈夫だ、味は、変わらない。匂いに反して、苦くも何ともない。
それでも強い煙草の香は、まるで所有印のように存在を誇示していた。片割れが誰かのものだと主張されているかのようで、嗅いでいるだけでもイライラする。
気付くと左手はパーカーを取り落として、すぐ傍にある片割れの頭を抱え込んでいた。すん、と耳元でくすぐったい音がして、自分と同様に匂いを嗅いでいるのが分かる。こいつもおれの匂いなんかで、落ち着いたりするのか?
「…ライルも、煙草の匂い、するぞ。」
吸ったのか?そう付け加える声に責める色はない。
その優しさに甘えて、吸っていないと言うことさえ面倒になった不躾な口は片割れの口腔を貪った。驚いている間に歯列を割り、水音をたてて二人の境目を判らなくする。
ん、と鼻に掛かった声が聞こえたのを合図に、一時の戯れを終わりにする。別に深く味わいたい訳じゃない、息を荒げさせたい訳でもない。身の潔白を示す、只の戯れ。
「…ほら、吸ってないだろ。」
「だからっていきなりすんなよ。」
自分より少し明るい青とも緑ともつかない色が、こちらを睨んでいる。
こんな事は今までもあって、その度にここでお開きだった。冗談だというように口端を舐めて笑ってみせる。いつものように。
呆れた、もういい。片割れは肩を竦め自分の上着も剥ぎ取って長くもない廊下を進んでいった。
こっちはやるから、夕飯でも作って頭冷やせ。はいはい、悪う御座いましたよ。
取り敢えず皮だけ剥いてしまったじゃがいも達と対面して、ジャーマンポテトで良いかなぁとエプロンをしなおした。
それと、レパートリーが尽きるまで、酒場で働き始めたことはもう少し黙っていよう。そう、心に決めた。