どちらかと言うと、ライニル。割と捻じれずに幸せ。
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設計当初から書庫とされることを定めとしていたこの部屋は、書物の日焼けを考慮してか北向きにしか窓が無い。備え付けの本棚は装飾も施された贅沢なものだ。きっと年月を経るごとに木目の色合いは変化し、今はと言えば少し濁った赤茶に落ち着いている。書庫全体は二階建ての祖父の家の北の端を吹き抜けるように出来ていて、高い天井と一階の間には壁沿いの本棚をぐるりと回れるよう桟が渡されていた。その桟の北向きの窓の前がニールの特等席で、一階に置かれた本の匂いのするカウチとクッションが自分の特等席。休日はそこで影の落ちる方向さえ知らずに本に溺れるのが常となっていた。
「ねぇ、おれ達ってひとつになれるもんかな」
「なんだよ、急に」
自分の中では論理が成立しているはずだった。双子はお互いの心を読み合える、なんて言った奴は誰だ、釈明してほしい。世の中の双子に対する幻想に滑稽さを感じてニールを睨みつける。
指は項名の頭文字、Iをなぞったままで止まっている。一卵性双生児、簡単に言えば生物が生み出した自然的なクローン。同じ卵から発生するのだから、勿論遺伝子配列だって同じ。同じ命の鎖を持った、この世でたったひとつのかたわれ。
だってさ、と重たい百科事典に視線を戻して続ける。だってさ、植物なんかまるっきり違うもんでもくっ付いちまうんだぞ?接木とか、さ。凄くないか、よく考えると。ニールが階段を危なげなく下りてくる音が聞こえる。
「おれ達もさ、ずっとくっ付いてたら侵蝕し合って最後にはひとつになったり、すんのかな、と思って。」
足音は自分の右側で躊躇う様に一度止まって、それからニールは体をカウチの空いている左半分に投げ出した。古びたカウチはささやかな悲鳴とともにそれを受け止めて、また書庫に静寂が訪れる。栞代わりに挟んでいた人差し指の所でペーパーバックを開きなおし、片割れの読書が再開される。自分の膝にある百科事典より高い音でページが捲られて、それが二三回した後、初めてニールはこちらを向いた。一度目を合わせてから、視線は自分の指先へ。項名を見て納得したように溜息をついた。
「はー、ライル、おまえさ、」
「なに?」
「時々、変な事言うよな」
「そう?」
「そうです。」
はあぁ、先程よりも深く溜息をつかれる。片割れは身を乗り出して自分の指先の少し下あたりを右手で辿る。同じかたちだ。
そのままざっと項を読み下して、片割れは一つの結論に至った。というか、やっぱりそうだよなぁ、と再確認していたと言った方が正しい。
「引っ付いてても、ハグしても、キスしても、セックスしても、ひとつにはなれないと思うぜ?」
な、と自分より少し明るい筈の眸がこちらを向く。しかし影になっていて色は分からない。自分が答える言葉を探している間にも、片割れの唇は音を紡ぎ出す。
「それにさ、ひとつになっちまったら、きっと寂しいだろ?そんなのは、嫌だね。」
だから別に、そんなことは望まなくてもいい。ふたりで一対なことに変わりは無いが、それは決定的に欠けているものを補っているのではなく、相乗を使命としている。そう言外に言われたのだと信じたい。
「じゃあ、試していいか」
「…キスを、か?」
今度は自分の意を汲んでニールは身構えた、のも束の間で、諦めたように力を抜く。まあさ、ファーストキスってもんでもねぇし、おまえとも初めてじゃねぇから、良いけどさ…それにおまえ言い出すと止まらないし、おにーちゃんそんな甘やかしたつもりねぇのに、等とぶつぶつ呟いている。こんな時だけ数時も変わらぬ出生時間を引き合いに出す片割れが酷く愛らしく見えた。
「もしかしたら魔法が解けるかもしれない」
魔法が解けて、自分達はひとつになってしまうのかもしれない。その言葉に可愛らしい罵詈雑言を引っ込めた口が苦笑した隙を狙って深く口付ける。今迄捧げたどんな恵愛の証よりも、深く、ふかく。
しかし終に別たれた命は、二度とひとつになることはない。
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