薄暗い神様が降りてきてサマーウォーズの薄暗い話が出来ました。
ネタバレ注意です!
侘助が爺様の子でもなかったら…という妄想。
おkな方はどうぞ↓
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「栄には、黙っといてやってくれ。」
あいつは、優しいから。
小さな俺を抱き上げて爺さんは言う。頼むから、と。泣き腫らした両目は睨むという行為をすっかり忘れてしまったかのように目の前の顔を見つめていた。両手を離されたら地面に落ちてしまう。それは今の自分の境遇に酷似する。この手を拒んでしまったら、俺の行き先は何所とも知れない。睨むことなんて出来ない。見放されるのに怯えて拳は強く握られている。もう散々泣いて枯れたと思っていた涙は、今また湧き出ようとしている。母親は天涯孤独の身だった。あの男の行方も分からない。
だからこの爺さんは、今日から俺の父親になる。
斎場で交わした約束は、その後破られることは無かった。
欠け落ちた父性。最初から爺さんは爺さんだった。
亡くした母性。これは、もう一度手に入れていたのかもしれない。
両脇に朝顔が迎える中を、手を引かれて歩く。眼下に見える大屋敷はまるで作り話の中のもののように立派だった。この状況が幻であっては困るのだが、ずっと市内に住み親戚付き合いもしたことの無い自分には現実味が沸かない。なので唯一他者との結節点である右手に力を込めた。固くて皺の多い手はそれを強く握り返すことで答えとした。還暦も近いと言うのに若々しい声は親族を老いた方から連ねている途中だった。そして最後にこう付け加える。
「まぁ名前なんてのは家に着いてから覚えれば良いね。何しろあんたは、今日からウチの子になるんだよ。侘助。」
俺はあんたの子じゃない。あんたの夫の子でもないんだ。降って湧いた幸せを素直に享受出来ないほどに後ろめたい気持ちが強かった。打ち明けたとしても彼女は養ってくれるのだろう。男二人の愚かな秘めごとを結局は赦してくれるのだろう。そもそも彼女とはこれっぽちも血が繋がっていないのだ。爺さんと血が繋がっていないと分かった所で、彼女の決心を揺るがせるとは思えない。でももう充分にこの人は寛容ではないか!だからこれは心の小さな男二人のささやかな悪足掻きなのだ。ならばここで言い出すことも出来ただろうに、口は水分を失って言う事を聞かない。
今度こそ涙は出なかった。笑うことも頷くことも出来なかった。無愛想な子供だった。
手を離せない。暖かい。それだけを感じて事実から目を逸らすことに精一杯になろうとした。
大屋敷は、もう目の前だ。
「おじさん、まだ見てなかったでしょ。おばあちゃんの遺言。」
封が切られた封書を渡され、生返事を返す。あの婆さんでも自分がどうにかなるなんて思うんだな、と槍を突きつけた彼女の表情を思い出した。
人柄の良く出た文字を追う。整ってはいるが勢いの有る筆跡。
「なんだよ、俺のことばっかじゃねぇか。」
耳の形が良く似ている、なんてとんだ茶番だ。愚かな罪を犯した二人の男の心根はこそよく似ていたが、確かに血は繋がっていないというのに。彼女が鬼籍に入っても尚罪悪感は尾を引いた。それでも遺言の文面は優しいままだ。俺を赦して迎えてやってくれ、とさえ紡ぐ。
あの日出なかった涙が堰を切って流れ始めた。優しさに溺れていた、愛に溺れていた、暖かさに溺れていた。溺れた心は満たされていないと錯覚する。飢えが限界に達したのが十年前。馬鹿だ、俺は。
今日は好きなだけ泣こう。罪を洗い流す為ではない、彼女の広い広い寛容の器に注いで満たせるまでに。感謝の代わりになればいいと願って。
「ごめん、ばあちゃん。最初から馬鹿だったんだ、ほんとうに、馬鹿だったんだ。…ありがとう。」
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